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さて、”本能寺の変”と”龍馬暗殺”の”真の黒幕”は果たして誰だったのか? ここで、話を”整理”すると、信長と龍馬の”共通点”には”規定概念に捉われない部分”、”新し物好き”、”欧米文化・技術への興味”がありました。それによって、彼らが最終的に到達した”思想”は、”欧米的国家作り”だったのではなかろうか? しかし、それを実行するために、場合によっては”日本の伝統的文化・風習の破壊”もいとわない、という考えもあったでしょう。そして、その”最たるもの”として彼らが考えていたのが”天皇制廃止”だったとしたら? 信長は自信の”野望”と”理想”のために自らが”最高権力者”となって日本を根底から変えよう、という考えがあった可能性はあるでしょう。龍馬は”船中八策”においては「天皇を頂点とし、将軍と諸大名も”新政府要因”に加えるべし。」としていたものの、どうやら最終的には”アメリカ式民主主義=大統領制”を理想としていたのではないでしょうか。 となると、”天皇家”更にその背後にいる”八咫烏”にとっては、これらの人物は”目の上のこぶ”。多くの”民衆”に慕われ(現在も)、しかし、”天皇家”に”刃”を向けるかもしれない人物を”八咫烏”が見逃すはずがない! しかし、彼らが直接この二人を殺す訳には行きません。そこで、まず別の”実行犯”を立てる必要がありました。”本能寺の変”においては、信長に終始追随しながらも根本的な”思想の違い”があったであろう明智光秀を”実行犯”とし、”龍馬暗殺”においては、”幕府方急進派”であった佐々木只三郎率いる”京都見廻り組”を”実行犯”としたのでしょう。そして、その”協力者”も必要でした。次の”天下人(政治中心人物)”になる人間を立て、彼らに信長もしくは龍馬殺害の”橋渡し役”をさせ、そして、彼らの”弔い合戦”の意味を含めて”天下取り”をさせました。”本能寺の変”の後に”天下”を取ったのが豊臣秀吉。”龍馬暗殺”の後に”王政復古の大号令”を後押しして、”錦の御旗”を掲げて事実上の”新政府軍総指揮官”として江戸幕府を崩壊させた西郷隆盛。彼らは共に”山の民(またぎ(猟師、きこりなど)、木地師、竹細工師、鍛冶師(たたら)、陶芸師、傀儡師(人形使い)、旅芸人、猿楽師などで、その”正体”は”八咫烏”の配下組織)出身”と言われています。彼らは、おそらく”真の黒幕”の正体を隠すために”黒幕”に仕立て上げられたのではないでしょうか。更に、信長、龍馬に関する”情報提供者”として、前者は徳川家康、後者は勝海舟(自信はないが(汗))ではないでしょうか。家康は信長の生涯の”同盟者”でした。でも、”本能寺の変”後、彼はすぐさま堺を脱出、伊賀を越えて急いで浜松へ戻りました。秀吉の”中国大返し”に引けを取らない早さだったとか。そして、彼は最終的に”天下人”になって、信長によって崩壊された”幕府”を復活させ、信長が擁護した”キリシタン”の”禁止令”を出し、そして”鎖国”を行うなど、まるで信長の”正反対”の事をやっています。一方の勝は龍馬の”師匠”でした。そして、龍馬をはじめとする”土佐脱藩浪人”やその他の”幕末の志士”とも交流がありました。にもかかわらず、何故”軍艦奉行罷免”だけですんでいるのか? さらに、海舟が龍馬と交流がありながら、何故殺されなかったのか? ”江戸城無血開城”が何故成立したのか? 薩長はあくまでも”武力倒幕”が本意だったのではなかろうか? いずれにしても、家康や勝が”八咫烏”とつながっていた可能性は高く、更に彼らは”秦氏出身”だったようです。 でも、実は”黒幕”の可能性が高い連中が他にも存在するんです! それは”西洋人”です。信長の時代も龍馬の時代も西洋からの”渡来人”が頻繁に出入りしていた時代です。それによって、多くの”文化”、”製品”、”食品”、”武器”などが日本に入ってきました。そして、彼らの多くは”キリスト教徒”だったはず。となれば、彼らが日本人の”文化”、”風習”を見て何か気付かなかったのか? 実は”幕末期”に日本を訪れた欧米人は”日本人”と”ユダヤ人”の”共通性”を指摘したようです。となれば、おそらく戦国時代に日本を訪れたヨーロッパ人もおそらく”この疑問”を感じた事は確かでしょう。とすれば、”日本神道”こそ実は”原ユダヤ教”更には”原キリスト教”を受け継ぐ宗教である事にも気が付いたはず。となれば、彼らにとってはただ事ではなかったはず。されど、そのような国である以上、他の”アジア諸国”のように容易に”植民地”にする事もできなかったのでしょう。もっとも、アメリカのペリー率いる”黒船”の来航は、その事を知った上でのものだったような気がしてなりません。彼らが恐れたのは、日本の”技術力”よりも”宗教力?”の方だったのではないでしょうか? だからこそ、彼らは日本に様々な”品物(食品、武器も含む)”をもたらして、日本人の”興味”を惹き、信長や龍馬といった”変わり者”と接触する事によって更に日本との”友好”を深める事によって日本を油断させ、その”隙”をついて”植民地化”も図ったのではないでしょうか。でも、日本は彼らが思った以上に”技術力”更には”軍事力”がありました。それゆえ、彼らの”親玉”に当たる”白人メーソン(後のフリーメーソン)”の指揮によって信長や龍馬は”殺害”された、とする見方も出来る訳です。事実、信長は本能寺で死んだのではなく、バテレンに捕まって”抜け穴”から引き出され処刑された、とする説があり(飛鳥氏はそれらが秦氏としている)、龍馬も薩長と手を組んでいたイギリス武器商人グラバー(彼もフリーメーソンのメンバーだったとか)の差し金によって殺された、とする説があります。更に龍馬が”白人メーソン”とつながっていた、という説もあるようです。いずれにしても、信長や龍馬の”貿易相手”の中に”武器商人”がいた事は確かでしょうし、彼らは当然ながら”キリスト教徒”で、さらにその事実上の”頂点”にいた”白人メーソン(今で言う所のフリーメーソン)”とつながっていたとしたらどうでしょう? ”武器商人”はやがて”財閥”に発展した可能性もあるでしょう。その”フリーメーソン”と”イギリス財閥”が結びつき、更にアメリカに渡ったものが飛鳥昭雄氏がいう所の”米国影の政府(シークレットガバメント)”という事になるのではないでしょうか。それが出来た事によって英米の立場は完全に”逆転”したのでしょう。思えば、日本とイギリスは”国土”といい、”民族構成”といい何か似た部分があるんですよね。 あるいは、これらの”両黒幕”の合意によって彼らが殺された可能性もあるのかもしれません。ただ、言える事は、”江戸時代”が始まると”鎖国”が行われ、”幕末”になると”開国”し、”明治”に入って一気に”近代化”、”西洋化”の波に乗ったという事。いずれにしても、そこで守られたのは他ならぬ”天皇家”である事は間違いないでしょう。まぁ、これらの”いずれか”が”真の黒幕”だと僕は睨んでいます。 PR
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昨日、TBS系で放送された「歴史ミステリー特別企画 バチカンに眠る織田信長の夢」を見たのですが、まぁ、”テレビ番組”ですから本当に意味での”核心部”にはあまり触れていないとは思いますが、それを匂わす内容ではあったと思います。
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もし本能寺の犯人が豊臣・徳川以外であれば、その後のサバイバル合戦で「主君殺し」として格好の攻撃材料。
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どうも、最近では明智光秀は”無実の罪”を着せられた?なんていう説も出てきてます。更に、”本能寺の変”にはどうやら”伊賀忍者”や”陰陽師”も関係しているという説も出ています。”伊賀忍者”といえば服部半蔵。となると、その背後にいるのは徳川家康、という事になりますね。
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