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僕の頭の中にある世界

僕の頭の中にある”疑問”の世界を書くブログ
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11.17.04:09

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01.27.15:42

生命の成り立ち

下記の記事「神とは何か? 宗教とは何か?」の中でも書きましたが、”生物”がどのように形成されたのか?をここで書きたいと思います。

従来の説であれば、”生物”とはある物質が何らかの”外的刺激”を受ける事によって自分の意思によって行動をする”バクテリア”に進化し、いくつもの種類に分かれると、数種類のバクテリアが”アミノ酸”と融合して”原生動物”となり、それらの”バクテリア”が”核”や”ミトコンドリア”といった”部位”となり、そして、こうした”原生動物”が結合して”多細胞生物”となり、そこで”動物類”と”植物類”に枝分かれし、”動物類”の方は元々”柔らかい体”だったのが”カルシウム分”を取り込んで、”軟体動物”から”貝類”が誕生し、更に複雑な体を得て”硬い体”を持った”節足動物類”が誕生するも、それだと”体”が重く動きも鈍くなり、昆虫のような”小さな体”でなければ生活できなくなり、そうなると”寿命”も極端に短くなるため、やがてそういった”硬い部分”を体の中に取り入れた、つまり”骨”を持った”脊椎動物”が登場し、”水中生活”をしていた”魚類”が”水陸両用”の”両生類”に進化し、それらが”完全陸上型”の爬虫類に進化し、それらがやがて”巨大”な体を持った”恐竜”へと進化し、やがて地球の環境が激変すると、体を小さくして”空中”を飛び回る”鳥類”へと進化し、また爬虫類の一部が一定の”温度”を保ち”俊敏”な動きが出来る”哺乳類”へと進化し、その中からやがて”知能”を発達させて”言語”や”道具”を使い、やがて”文化”、”社会”を作り出す事になる”人間”が誕生した、という事になっております。これは所謂チャールズ・ダーウィンが唱えた「進化論」に基づく説であり、現時点ではこの”進化論”が”定説”になっています。でも、本当にこの説が正しいのだろうか?

まず、そもそも”単なる物質”がいきなり”意思”を持つようになる事なんてあるのだろうか? 更には、元々”バラバラ”だった個体が、一つの”個性”を持った”一生物”になる事があり得るのだろうか? 更に言えば、ダーウィンの唱えた”進化論”は、元々ガラパゴス諸島のフィンチのくちばしやゾウガメの甲羅の形状が島によって異なる事から始まり、それがいつの間にか飛躍して”別の生物への変化”にまで発展しちゃったものですよね(汗) ”環境の違い”による微々たる変化と、”別生物”への”進化”は全く”別次元”の問題だと思うんですよ。その”疑問”に気付かずこれまで”定説”になっているのが不思議でならないですね。大体、”学者連中”は一度敷かれた”理論”は、どんなに”矛盾点”が出てきても自分達の”保身”のために一考にその”説”を変えようとしない嫌いがありますからね(呆) 少なくとも、この手の連中が完全な”代替わり”をしない限りは変わらないでしょうね。ガリレオが支持した”地動説”にしたって当時こういった”学問”において絶対的な権限を持っていた”ローマ教会”が中々認めようとしませんでしたからね。それと全く同じ事だと思います。

もっとも、”ローマ教会”が支持した”天動説”が”科学技術”の発達によって明らかに”間違い”だった事が後に判明する訳ですけど、でももう一つ彼らが支持した”創造論”は果たして”間違い”なのか? 事実、これが実際科学的に”間違い”であるとは判断されてないんですよね。というか判断のしようがないですけどね。ただ、ダーウィンが”進化論”を唱えて、それらが多くの人々に普及してしまったからいつしかこれらが”定説化”したに過ぎないのだと思います。現に、”進化論”が”実験”によって解明された試しなんてない訳ですから(笑) 人工的に”バクテリア”を作る実験をしましたか? ”バクテリア”と”アミノ酸”を結合させて”アメーバ”を作る実験をしましたか? 複数の”アメーバ”を結合させて”多細胞生物”を生み出す事が出来ましたでしょうか? 更に言えば、”魚”から”サンショウウオ”に”進化”させる実験に成功しましたか? という事になりますよね(笑) 本来”実証主義”を通すはずの”科学者”達が”進化論”に関しては何の実証もしてないじゃないですか(呆) これでよくもまぁ”幽霊”、”UFO”、”超能力”等を軽々しく”否定”出来たもんですね(苦笑)

いずれにしても、前記の「神とは何か? 宗教とは何か?」の中で書いた通り、”生物”は”何かしらの意思”によって作り出されたものであり、そして”生物”の”実体”は”肉体”ではなく”霊体”である、とした方が理路整然としていると思うんですよ。そもそも、”偶発的”に物質が結合したものに”手足”や”目”や”耳”や”口”、更に”脳”や”内臓”が存在していて、歩く事が出来たり、物を見る事が出来たり、音を聴く事が出来たり、食べ物を食べる事が出来たり、(人間の場合は)言葉を話す事が出来たりする事が本当に可能なのでしょうか? どう考えても、明らかに”何者か”が意図的に創らなければこのような”機能”を生物が持つ訳がないはずなんです! その”何者か”を”古代人”は”神”と呼んだのではないでしょうか。となると、”生物形成”においては”進化論”より”創造論”の方が”有利”になると思われます。

とにかく、言える事は”生物”は何らかの”意思”を持った”エネルギー体”によって動かされているのは間違いないはずで、そして、”何かしらの意思”が手を加えない限り生まれ得ないものである事は確かでしょう。そして、あまりにも”飛躍的”な”種の変化”が自然の成り行きの中であり得るはずがない、という事です。

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